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核実験が遺したもの

核兵器を保有する国々は、自国の核戦力の破壊力と致死性を高め、また対立する相手に警告を示すために、1945年以降、世界各地で2,000回以上の核実験を行ってきました。


これらの実験は、大量の放射線を大気や海へと放出し、がんやその他の慢性疾患を広めてきました。実験場が閉鎖された後も、広大な土地が、何十年にもわたり人が住むことのできない状態のまま残されています。

広島と長崎への原爆投下のわずか3週間前、アメリカ・ニューメキシコ州において、アメリカ政府は「トリニティ」と名付けられた、世界初の核実験を実施しました。巨大な火球は砂をガラスへと変え、周囲の山々を照らし出し、放射性物質を含むキノコ雲を上空約12キロまで押し上げました。

この核実験の作業に従事していた人びとや周辺の地域社会に壊滅的な影響をもたらし、その影響は現在に至るまで続いています。

同様の被害は、世界各地にある60か所以上の核実験場においても見られます。オーストラリアやアルジェリアの砂漠から、カザフスタンの草原、太平洋の環礁に至るまで、風下や下流に暮らす人びとや、そこで働く人びとが、長年にわたり深刻な影響を受けてきました。

1954年、アメリカがマーシャル諸島で行った核実験により、放射線によるやけどを負った13歳のイロジ・ケベンリさん。出典:アメリカ政府

核実験による爆発で生じたキノコ雲。出典:アメリカ政府